2008年04月24日

月光ソナタ ベートベン 第1楽章♪

今日は、記者Y様からのリクエスト♪

ベートベンのソナタ月光第1楽章をご紹介したいと思います♪

いつものようにミスタッチはご愛敬ということで・・・icon






ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(Ludwig van Beethoven、1770年12月16日ごろ(洗礼を受けたのが12月17日であることしかわかっていない) - 1827年3月26日)は、ドイツの作曲家。ボン生まれ。

楽聖と呼ばれ、その作品は古典派音楽の集大成とされている。

なお、ドイツ語ではルートヴィヒ・ファン・ベートホーフェン(〔ルートヴィヒ:lúːtviç〕〔ファン:fán〕〔ベート・ホーフェン:béːt-hofən〕)と発音する。
生涯
1770年12月17日ごろ、ドイツのボンで父ヨハン、母マリアの次男として生まれる。

ベートーヴェン一家はボンのケルン選帝侯宮廷の歌手(後に楽長)であった祖父の支援により生計を立てていた。ベートーヴェンの父も宮廷歌手であったが、アルコール依存のために喉を患っており、収入はほとんどなかったため、祖父が亡くなると一層生活が苦しくなった。幼い頃より、ベートーヴェンは父から強制的に音楽の教育を受けることとなる。父のベートーヴェンへの教育の目的は、才能を利用し収入を得ることだったといわれる[要出典]。1778年にはケルンでの演奏会に出演し、1782年よりクリスティアン・ゴットロープ・ネーフェに師事した。

10代には、父に代わって家計を支えていた。母マリアは父とは対照的にベートーヴェンを大切に育てた。ベートーヴェンの才能が認められ、収入を得た際には涙を流して喜んだという。1787年、16歳のベートーヴェンはウィーンでかねてから憧れを抱いていたモーツァルトに出会い弟子入りを申し入れる。しかし申し入れた矢先に母が死去し、父と幼い2人の弟の世話のためモーツァルトに師事することをいったん断念した。1792年からウィーンに移住して活動を開始するものの、そのころ既にモーツァルトは死去しておりハイドンに師事している。ウィーンでのベートーヴェンはピアノの即興演奏の名手として名声を高めた。このころに父は死去する。

20歳代後半ごろよりベートーヴェンは持病の難聴(原因は後述にある長期間のワイン飲酒が原因と思われる)が徐々に悪化、後年には中途失聴者となる。音楽家として聴覚を失うという死に等しい絶望感から1802年には自殺も考えた。しかし「ハイリゲンシュタットの遺書」と呼ばれる文書を書くことによって、強い精神力をもって自らの苦悩と向き合い、再び生きる意思を得て新しい芸術の道へと進んでいくことになる。1804年に交響曲第3番を発表したのを皮切りに、その後10年間にわたって中期を代表する作品が書かれ、ベートーヴェンにとっての傑作の森(作家ロマン・ロランによる命名)と呼ばれる時期となる。

晩年は、慢性的な腹痛や下痢など体調の悪化に加え、甥カールをめぐる養育権争いやカールの自殺未遂事件が起こり、苦悩の日々を送っている。しかし交響曲第9番やミサ・ソレムニスといった大作を発表した前後からの晩年の作品群はベートーヴェンが到達した境地の高さを示すものとなっている。こうして名実ともに一流の作曲家となったベートーヴェンであったが、長期間の飲酒癖(とくに質の悪いワインを好んだ)により肝硬変から黄疸と肝不全を患って、もはや治癒の見込みはなくなっていた。

1826年、ベートヴェンの病は命を脅かすほどまでに進行し、シューベルトなどが見舞いに訪れるなどしていたが、1827年3月26日、ついに波乱に満ちた56年の生涯を終えた。ベートーヴェンが亡くなったとき、ウィーンには嵐が吹き荒れていた。臨終の床のベートーヴェンは、稲妻が閃きすさまじい雷鳴がとどろいた瞬間に起き上がり、自分の拳を睨みつけ、目に見えぬ何者かと戦うようなしぐさをしたかと思うと、そのまま息を引き取ったと伝えられる(医学的に見て、肝不全の患者は光に脳過敏状態となり、大げさに反応するとされ、ベートーヴェンの場合もそれにあてはまる)。その葬儀は3万人もの人々が駆けつけるという異例のものであった。
                                
                                           (Wikipediaより抜粋☆)
                                      

ベートベンの耳が聴こえなくなった原因は鉛中毒じゃないかといわれています。
・・・というのも、べートーベンの使っていたワイングラスなどが鉛でできていたといわれています。

「月光ソナタ」

ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンのピアノソナタ第14番嬰ハ短調作品27の2『幻想曲風に』 (Klaviersonate Nr. 14 op. 27 Nr. 2 cis-moll "Quasi una Fantasia")は、ベートーヴェンが16番目に作曲した番号付きピアノソナタである。一般には『月光ソナタ』として知られており、ベートーヴェンの三大ピアノソナタのひとつに含まれる。
ベートーヴェンのピアノソナタで最も人気がある曲のひとつであり、8番『悲愴』、23番『熱情』と並んで3大ピアノソナタと呼ばれることもある。

この曲は前作のピアノソナタ第13番と組になってひとつの作品(作品27)として発表されており、両者とも「幻想曲風ソナタ」という題名が書かれている。ただし、本作の通称「月光」があまりにも有名になったため、本作を「幻想曲風ソナタ」と呼ぶことはほとんどない。

「月光」という標題は作曲者の意図するところではなく、ベートーヴェンの死後、1832年にルートヴィヒ・レルシュタープが第1楽章について「ルツェルン湖の月光の波に揺らぐ小舟のよう」とコメントしたことに由来するが、月の光のような印象があるのは第1楽章のみで、「月光」という語には単にこの曲の通称という以上の意味はない。


よく、この月光と対象に比べられるのがドビュッシーの「月の光」
「月」をテーマにして、この両者の違い・・・

だから、音楽って面白いんでしょうね♪

私も一曲「月」をテーマに作ってみよっかなぁ^m^






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この記事へのコメント
sinamonさん、素敵すぎます!
また、聴きに行きたくなりましたよ~
Posted by at 2008年04月24日 13:20
龍さん

あはは(●^o^●)
ありがとうございます♪
また、来てくださいね~~☆
Posted by sinamonsinamon at 2008年04月24日 13:34
こんにちは^^(仕事。。。サボってません(うそかな^^;;?))
ピアノの調べって、ソウですねえ。表現すると月の光という感じがしてましたw
月光と月の光って違ったんですね^^;同じと思ってた^^;;
こんど、ミルクホールに行ったときには、月光も一緒に鑑賞させてくださいw
Posted by taime at 2008年04月24日 14:11
♪ taimeさん ♪

ぜひぜひ♪ドビュッシーの月の光も、とても素敵なんですよ(*^_^*)練習しなきゃ(^-^)
Posted by sinamon at 2008年04月24日 16:54
いや~…音楽家って凄いや~!!
月光はドッシリと重厚な物悲しさが良いのですよね…
実はウチのリポガールYはピアノを弾くのですが、
この曲オレにも弾けるようになる?って聞いたら
絶対に無理です!って軽くあしらわれました(汗)
でも、弾けるようになったら気持ち良いでしょうね~…
Posted by 記者Y記者Y at 2008年04月24日 16:56
記者Yさん

なりますよ(^-^)ピアノは練習あるのみッですので♪
記者Yさんも、ワンコインレッスンいかがですか?
Posted by sinamon at 2008年04月24日 18:44
すごい・・・(>_<)

ピアノ弾けない私にとってやっぱすごいの一言です。
左手が動きません。通常のPCのタイピングも左手の小指に力が入らずです。
小柄なろうりんは手もちっちゃくてドからドまで届きません。
ドからシまでしか届きません。長さが~(T_T)
でも、小学生だって練習しているんだから弾けないはずはないと思いつつ
子供らが大きくなったら趣味で始めたいと思っている次第です。
弾けたらいいだろうなぁ~ (^^)
Posted by ろうりんろうりん at 2008年04月24日 21:08
やってみましょうか!
’08年は僕にとって挑戦の年…
一年かけてやれば弾けるようになるかも…
Posted by 記者Y記者Y at 2008年04月24日 23:19
♪ ろうりんさん ♪

ぜひぜひお子さんと始めて見てください!
MILKHALLでレッスンいかがですか???
Posted by sinamonsinamon at 2008年04月25日 00:51
♪ 記者Yさん ♪

お仕事忙しいですよね~???
2週間に一度か、1か月に一度、いかがですか??
自分がきつくない程度で・・・
一日1小節やっていけば、いつかは出来る!!・・・かな??
たぶん…
Posted by sinamonsinamon at 2008年04月25日 00:53